雑感 3/るか
る。
詩人はいかなる外部世界(社会)からの批判にも挫折する必要はない。誰しも心を求め、感動による心の再生を求め、その向こうに心の充足を求めている。本当はそのためにーそれが最終的な目的(End)でないにせよー我々は生を営んでいる。その言語的方法が詩の制作であり、詩の受容である以外の何でありえようか。ところが、それが社会のー時代の片隅に追いやられているということは、時代が本質的なものを、自らの本来性を喪失している事実を指示しているに他ならない。
60年代このかた、詩における形式主義偏重は極みに達している。詩=レトリックという等式は、形式主義以外のなにものでもない。むろん形式も内容も共駆して作品
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