河口の地図 2011/たま
 
 1)

庇には樋がなかった
コールタールの屋根をはげしく打って 
雨は黒い路地に、まっすぐ流れおちた
ひくい窓を大きくあけて
わたしは雨の音を聴いたはずなのに
路地に敷きつめられたコークスの
燃えつきた 
かすかな炎の匂いだけを
いまは覚えている

貝柄町の祖母の家で
夕飯がはじまった
せまい土間に面した居間の板かべに
くすんだ茶箪笥がならんだ一角があって
まだ、育ち盛りだった叔父たちと
大きな丸いお膳をかこんだ
祖母は首にタオルをかけて
汗を拭きながら
お櫃の横にすわった
丸い顔に太いまゆ毛と、胡坐をかいた鼻
一家の主は祖父ではなく 
たくましい祖
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