根津界隈/salco
 
エッセイに出て来る根府川石と、馬丁と並んだ写真の敷石が残
る。「崖下」の眺望も、でんと立ち塞がる白亜の中層ビルで望むべくもな
い。
 それでも通りから一本入ったここも、目を閉じれば木々の葉擦れの向う
に往時の生活音が聞こえそうなほど静かだ。
 夜更け、女遊びをして来た酔眼の於莵に自ら閂を開ける父親。幼い茉莉
がつぶらな目を見開いて庭でぼーっと立ち尽くし、極北の杏奴(アンヌ)は転落して
隣家の庭に転落し、弟をいじめた悪童を追いかけ回す。中年の類(ルイ)は大学教
授の兄と分けた跡地でささやかな書店を営み、配達の自転車を漕いでい
た。


 坂下のまとまった土地は寺院
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