こおろぎ/mortalis
早くに生まれたこおろぎは
誰に歌えばいいのだろう
寒く冷たい雨の中
照(て)かる街路に身を寄せて
どこにもいない 誰かのために
薄い羽鐘(はがね)を震わせて
キリキリキリリと名を告げる
どこにもいない誰かのために
小さなその身を震わせて
限りの命を高鳴りさせる
早くに生まれたこおろぎは
誰を便りに鳴くのだろう
早くに生まれたこおろぎ以外
誰もどこにもいないのに
暗く冷たい夜(よる)の末(すえ)
明月なるや さやざやと
今に生まれたこおろぎは
早くに生まれたこおろぎの
朽ちた殻だを顧みず
さても賑やか 羽鐘奏で立てる
早くに生まれたこおろぎの
小さく透(とお)い魂は
広くて青い空にいて
白い太陽 見るだろう
戻る 編 削 Point(0)