人形の瞳 /服部 剛
電車の中で、遠藤先生の本を開き
アウシュビッツを訪れた日の場面を
旅人の思いで共に歩く
*
昔、囚人だったカプリンスキー氏は
黙したまま背を向け
赤煉瓦の古い建物に入っていった
(ポーランドの真青(まっさお)な空の下
梢にとまる小鳥等の唄に
積もった方々の雪は煌(きらめ)き )
囚人が虐殺されたガス室を出た廊下の
壁に貼られた無数の人々の写真があり
モノクロームの過去から、痩せこけた囚人達は
見開いた人形の瞳で、こちらをじっと視つめ――
旅人の遠藤先生は、立ち止まる
カプリンスキー氏の指がゆっくりと
無数の囚人の中の
頭を剃(そ)られた姉の瞳を、指さした
*
本を閉じた、僕の後ろの席で
白人の幼い姉と弟が
互いの手足でじゃれあいながら
車内に笑い声を響かせていた
※この詩は、遠藤周作・十一の色硝子(新潮文庫)に掲載の
「カプリンスキー氏」という短編を参考に、書きました。
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