密約/済谷川蛍
 
だ。
 余分な観念が存在しない世界の会話は、実に淡々とした調子で行われた。

 「ひどい、世界だった。全ては争いと欲望の中にあった」
 私の嘆きに、彼は静かな眼差しで、こう答えた。
 「今、ある世界。それが実在する唯一の世界」
 「だが、誰もがここに至らなければ、それは真の幸福とはいえない」
 「誰もが至れる、それがこの幸福の世界」
 「しかし、私は見たのだ。あまりに惨い死体の数々を。人間たちの、どうしようもない醜悪を。彼らもここに至れるというのか?」
 彼は静かに頷いた。
 私は手を握られた。ごく自然に、今まで孤独を握り締めていた私の拳が、温かい幸福感で満たされる。何もかも無に帰して行くというのに、最後の最後まで残ったのは、純粋なる幸福であった。

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