海底バス/村上 和
 

音も光もない
あなただけの深海で




3.

病室のベッドの側で
皺だらけの手を柔らかく握り
薄っすらと微笑みを浮かべ
「怖くはないよ」
と穏やかな声

昔々に聞いた
神様は海の中にいると云う御伽噺の
頁をめくる音に似ている

最期の会話が「ありがとう」だなんて素敵ね

狭い喫煙室の中でふたりきり
煙草を持つ皺だらけのその手が灰を落とす仕草を
眼で追いかけながら




2.

幾つもの海底バスが目の前を
静かな音を立てて走ってゆく
知らない誰かが孤独を想う時
私もゆらゆらと佇むその他大勢の中の
独り

記憶はやがて海に沈
[次のページ]
戻る   Point(4)