ざくろ/亜樹
しさのあまり自決しようと決心したことも、米問屋の若旦那がしこたま酒を喰らった挙句、どうゆうわけか柳刃包丁片手に我が家を訪れたことも、たきは知らない。知らなかった。親切な役人がたきにそれを告げるまで。
たきは知らない。何も知らない。ずっとそうだ。昔からそうだ。自分のことも良人のことも世の中のことも。
刑場人が張りつけにされたたきの足元へとよってくる。手には槍を携えていた。
笑みを浮かべるたきに、刑場人は眉をひそめ、「何か言いたいことはあるか」と問うた。
重く響くその声に、とうとうたきは破顔した。
「私は浅学非才の輩でございますれば、今此処で申し上げるのに足るようなことは、何一つ存じ上げません」
笑いすぎたたきの目尻には涙が浮かんだ。刑場人はその涙に、今際の際の狂人の、理性の最後の一滴を見た。
「ただ」
哀れみにも似た視線を受けつつ、なおもたきは笑った。
「柘榴は、甘うございましたよ」
たきはその短い人生で唯一知ったその真実を口にした。
ぽとりとその目から涙は流れ落ちた。
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