唄声、そして白い指/なかがわひろか
 
つんぼになった君の耳に
僕は優しく唄を語りかける
僕たちの周りにいる人々は
みんな一斉に虜になるのに
君は素知らぬ顔で本をめくる

試しに今開かれているページの文を
唄に乗せて歌ってみる
僕たちの側にいた死にかけの老婆は
とても安らかな顔をして死んで行き
醜い奇声を上げた赤子は
乳もないのに満たされて眠りにつく
なのに君はたんたんと
次のページをめくる

拍子を外したページをたぐる音は
まるでわざとそうしているように
僕の唄の邪魔をする

本当は聴こえているんだろう
聴こえない振りをしているんだろう

少し怒気を込めて僕は唄い続ける
安らかに死んだはずの老婆は
呆けたように笑い転げ
眠りについた赤子は
悪夢の中に溺れて行く

けれど君は
先ほどと変わらぬリズムで
また一枚ページをめくる

そして読み疲れたのか君は
ぱたんと本を閉じ
僕の方を振り返る

細い白い人差し指で
僕の唇を押さえる

(「唄声、そして白い指」)




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