藤を見に / ****年不明/小野 一縷
 

僕なんかの 愚痴が
聞こえないのは いいことだよね

昨日の夜 父さんも母さんも知らないこと
じいちゃんの 本当の病気のことを
こっそりと 教えてくれたよね
だけれど ばあちゃん
僕が涙声で呟いた返事も 聞こえてはなかったんだろうね

感謝の気持ちとか 優しい気持ちとか 伝えるのに
大声で喋らないとならないってのは 難しいね

ばあちゃん いくら耳が遠くなっても
薄紫に垂れている藤を かすれた浜風が揺らしている
あの音を 聴きたいだろう?
松林を抜けてくる あの浜風が ばあちゃんの白髪も揺らすだろうね

ばあちゃん 今なら 膝の具合が悪くても
僕が車に乗せて 連れて行くよ
ちゃんと手を引いてあげるから
どんなにゆっくりと歩いてもいいんだから
合浦の浜に 二人して
ソフトクリーム 食べに行こうよ


戻る   Point(6)