何も特別なことなど起こらなかったように/高梁サトル
 

沈黙の合間だけが息をつけるまたたきであることを
知れればそれでいい、今は

(泣いても叫んでも世界は変わらない
(感情や言葉で世界は変わらない
(あれは
(傷口を縫う細い針から糸が抜けていくように
(キングを失くしたままチェス盤に駒を進めるように
(ただこぼれ過ぎ去るもの(信じていたかった)

薄情さを恥じつつ今日も
ほつれた髪を結び直して電車へと流れ込む
目的地へ向かう人波
生活を放棄してかの地へ行けたらいい
けれどそうして築きあげてきた大地ではないことも知っている
前を行く親子の買い物袋が不自然に重そうであれば
独り身の自分の買い物袋を少し軽くして
明日またゆるい傾斜を登るとき
幸せそうにショッピングバッグを抱えた女に出会ったら
俯いて目をそらすのだろう

何も特別なことなど起こらなかったように

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