何も特別なことなど起こらなかったように/高梁サトル
{引用=
ゆるい傾斜を登ってゆく
幸せそうにショッピングバッグを抱えた女にとって
街が壊れたよるを窓から眺め
水晶の破片が星のようにきれいね、と
うたうことだって可能なのだろうか
その美しいとは言い難い純粋さを前に
唇を開いて傷付けることが簡単に思えてしまう
わたしの感受性という暴君よ
目覚めないで、どうか
眼を閉じて耳を澄ませている
善意も悪意も飲み込んで吐き出さずにいられて初めて
唇を開く権利を得るのだと、つぶやく
裂けて縫合することのできない傷口を繋ぎ合わせるような
アルコールを煽る片手間にチェスゲームをするような
やさしくもおそろしい道具を手にした人間の
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