【批評祭参加作品】となりに、近くにいる人は簡単には理解しえない。 佐藤泰志『海炭市叙景』のこと/mizu K
 
まではいわないが、長い冬、おそい春に下を向いていた人々がゆっくりと顔を上げようとする、そのかすかな期待、しずかな待望が象徴的にそこにこめられているように思う。その萌芽は「1-5 一滴のあこがれ」でも中学生の少年の2次性徴にからめて記述してあるが、ここまで明確に表現されてはいなかったし、このような帰結をみせる話はまれであった。
 そしてこの文体の解放感、あるいは脱力感といってもいいが、これがどうしても、長い物語を経てきたあとの、いわゆる「エピローグ」の雰囲気を漂わせているような、もうここで書き終えた、という印象をもたせる。
 もちろんこれは私の個人的な感覚であるし、これを読んでみた人には全く違う
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