トンネルより/緋月 衣瑠香
トンネルが唸る
待って
私はまだそこへは行けないから
書けない
音が湧き出てこない
聞きとれない音を譜面に走らせることは
夢を食べるのと同じこと
ねえ それはおいしいのかしら
今日の帰り道に見たあの星
私は知らなかった
オリオン座の下に見えたあの明るい星
でも私は知ったの
あれはアルデバラン
牡牛の心臓にも目にも見えるんだってさ
ねえ それはきれいでしたわ
それより明るかった
暗いトンネルの先から ぎろり
夜の猫のように ぎろり
猫さん 私を乗せてトンネルの先へ連れて行って
ねえ それはたのしいはずね
それでも書けないものは書けないままで
のらりくらりと今日の帰り道を思い返しては
言葉で白を埋めていく
こんなことがあったんだよって
まるでこれじゃ日記みたい
ねえ それはいみがあるようよ
でも私には何も見えない
だから今日は特別
見えないものは見えないで
それでいいでしょ たまにはね
トンネルが唸る
待って
私はもうそこへと向かうから
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