涙の遺言 ー野村英夫への手紙ー /服部 剛
の彼が書いた
一冊の古びた本が
机の上に、置いてある
ある日、古本屋街を巡り
お目当ての本が無くて
俯いた顔を上げると
本棚の頂に積まれた
「野村英夫詩集」と、目が合った
梯子の上から古本屋の親父が
足元で両手を伸ばす僕に
手渡した、天国からの贈りもの
その古びた本の中で彼は
誰もいない夜の教会で独り
祭壇の前に跪(ひざまず)き
震える両手を、合わせる
草原をゆく少女の歌声(ハミング)
異国から来た神父の寂しい背中
故郷の父母のまなざし
かけがえのない人々の面影を映して
暗闇に浮かんで消える
いくつものしゃぼん達
*
在りし日の彼のように
夜の無人の教会に独り
祭壇の前で跪き
一心に両手を合わせ、瞳を閉じる
暗闇に浮かぶ
一つのしゃぼんに映る
最期の病室
ふっと、消えたしゃぼんを仰ぐ
私の頬に
遠い闇の彼方から
あの日の涙が一滴、落ちて来る
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