妹の声/光井 新
 
も分かる。お前の声が、深く眠っていた記憶を呼び覚ましたんだ。大切なのは、脳の持つ記憶なんかじゃなくて、心その物に刻まれた記憶だ。今宵は満月、あの垂れ桜を咲かせる事さえできれば、門が開く筈だ。そうすれば、俺はお前を助け出しに行ける。門を開かなければならない! 梅もまだ蕾のこの時期に、俺は、垂れ桜を咲かさなければならない!
 血だ、血が必要だ。月光を通じて、番人の渇きが、俺の喉にも伝わってくる。あの垂れ桜に血を与えさえすれば――妹よ、お前の頬の様な色をした、綺麗な花を咲かせるだろう。お前を助けに向こう側へ行く為の通行料だとすれば、安いものじゃないか、俺の血をくれてやろう。
 心配いらない、この世界で生きる為の命よりも、大切な事があるのをお前は知っているだろう。俺も、その事をさっき思い出したんだ。白刃が、この肉体の父と母の哭き喚く姿を映し出してはいるが、俺にはもうお前の声しか聴こえていないんだよ。お前はもう何も心配するな、今宵は満月、きっと上手く行くさ。
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