終点/山岸美香
 
彼はこちらを見てずっと笑っているだけだった。私が彼に持つ印象はそれだけだった。
時々意味も無く小声で名前を呼ぶのだ、いつも彼は仲間と一緒になって。
学校の中でも外でたまたますれ違った時も、私に対して意思を持って嘲笑う。

   くすくす
          くすくす
            
暗い場所で陰るような声と裏腹に、慈しむような瞳は彼の気弱さから来ているのか。

子供の私は、その口から出た言葉に、実はきちんと胸を裂かれたのだろうか。
思わず自分で開いた擦り傷が、彼らと自分から抗うためで無かったのなら、なんだというのだろう。彼の名前を私はきちんと呼んだことすらなかった、だから先日バスの中を住処のようにしている私に、彼らとの会話やきちんとした言葉が出てくるはずも無い。

―――バスが来た。ガラス窓の向こうの彼は、もう笑っていなかった。
風に揺れて乱れただろう横髪を、心許なく思いつつもまとめる。
バスが到着した音に向かって、逃さないように乗り込んだ。

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