夜明け/天野茂典
 





河原に猫の死骸があった。風は乾いていた。川舟が舫っていた。ここは四万十川、春爛漫。
ぼくは中村から入った。桜も、桃も、連翹も一斉に咲いていた。猫は溶けかかっていた。
澄明な空気は猫のの内臓にも吹きつけ、匂いたった。カヌーは滑っていなかった。漁師も見当たらなかった。桜の木下には動物の死骸が詰まっているといったのは誰だったか。梶井基次郎、一箇の檸檬を書店に仕掛けたテロリストだ。春爛漫。陳腐な言葉だが、いまはそれがぴったりだ。菜の花も咲いている。猫の脂は染み出ている。眼もない。やがて肥料に帰るのだ。とろけた橋よ、沈み橋。かわうそが最後まで棲息していたといわれるのもこの四万十川だ。
[次のページ]
戻る   Point(0)