青い湖畔のシカ/石川敬大
 




 満月の夜には
 外にでてはいけないと老婆はいう
 ふらふらと外にでて
 川を遡上
 青い山に囲まれた
 いちばん星空に近いその湖に行ってはいけないと

 ゆらめく満月は
 湖面から
 シカになったおまえを手招く
 手招いておまえの傷痕を消えなくなるほど露わにする

  ―― と、ほら
 ここまで書いてきた
 ぼくの言葉に
 黙ってついてきたおまえは
 もう青い満月の湖面に魅せられ惹きよせられている

     *

 ふるほどに鏤められた
 冬の天の川その
 アフリカの広大なサバンナを過ぎる沙漠の星空もすべて
 はるかな過去だったなんて
 シリウス
 冬の大三角形
 ほら、観えているのに
 ほら、こんなにも感じるのに
 すべてが過去だったなんて
 宇宙のどこにも存在しない星もまた
 いま
 夜空に
 またたいているなんて

     *

 まるで
 青い湖畔の
 透きとおった野生のシカのようじゃないか






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