ex./やぶさめ
たとえば、
あんなに愛でた金魚の水槽でカブトムシの幼虫を飼ってまた死なせたこと。吹いてくる風に目を細めるのに車が通り過ぎたときの風にあたって嫌な顔をすること。涼しい店内でアメカジ風の服を着たマネキンがどれも眩しそうに右手をかざしていること。31音に色をつけたくて普段は読みもしない植物図鑑を熱心に読んでいること。17歳と21歳が人生について語らっていること。夏は嫌いなのに夏の夜は好きだと思えたこと。目に入るたびに悲しくなるのに捨てられずにいた持ち主のない腕時計のこと。その腕時計をみて何も感じなくなってしまったこと。顔もみたくない人ができるということはべつに悪いことではないと気付いたこと。母の「ただいま」の瞬間から機嫌を察知すること。いつも朝通る道の朝顔を詠んだのにそこに朝顔なんて全く咲いていなくてだったら私がみた朝顔はなんだったんだなんて考えたりすること。
うたいたいことはこんなにもたくさんあるのにどうしてもうまく言葉にできないこと。
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