演劇の有用性について/salco
或いは終極の演劇は、娯楽のトリックスターとしてやけくその一大祭典をぶち上げる余力を残すでしょうか。ええじゃないかの狂喜乱舞へ参集者を引き
込み、何の意識革命でもないウッドストック、忘我自失の乱交花の万博で人類史を葬送し得るでしょうか。
何故なら辛気臭い礼拝は各宗教がおのがじし会堂で執り行ない、そこでは転生や復活というレクイエムの欺瞞が司祭によって語られるだけなのでしょう。
彼等の権威的無能には、個人的にくそでも食らえと申し上げるほかありません。よしんば考える人・日本代表の大江健三郎さんが近所の講堂で講演会を
開いたとしても、この期に及んでそんなもの聞きたいとは思わない。
しかし他方、我
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