パレットと楽譜と指揮棒と/番田 
 
こに存在しているであろう、その何も感じている空間の中には存在しないように思わされた。どこにも浮遊すらしていない、その物体の在処を私は時間の中で必死になって。やはり夜の中に存在しているのは、ゆらぎながら流れていくだけのその時間だけ。わからないけれど今日も訪れていない思考の出入り口の中では、前に浮かんでいる世界というものは、何も見つかりそうも無かった。時間は時間の中をひたすら目まぐるしく流れて行く。時計は存在として回らされているだけなのかもしれない。私は歩き続けた。


そうしてふと、先ほどの音楽の印象を打ち消さずにはいられない。たぶん感じられる楽しみというものは、音楽がその代表的なものなのだろ
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