誕生/豊島ケイトウ
り生命の誕生を予期するようになった。
彼女は不妊症であった。子宮が着床しにくい状態にあると数年前、医師に告げられた。それが原因で夫とは別れた。彼女はなにより子供が好きで、今でも出産するところや赤ん坊に乳を与えているところの夢想をする。諦めきれないのだ。
だが――彼女は今、泣いていた。うれしくて、誇らしくて。ああ、もうすぐ我が子が誕生するのだ、新しい、愛らしい生命が私のもとへやってくるのだ、そう思うと、メモ用紙に書きしるすスピードも増していく。言葉のDNAが個体を成すと信じてやまないのである。
まもなく夜が明けようとしている。さあ、想像してみよう。金色に輝く朝日が彼女の部屋全体を照らし、床じゅうに散らばったメモ用紙を一つの生命体へと昇華させる。彼女は泣きやみ、やがて静謐な祈りに変わっていく。メモ用紙に刻まれた言葉たちがぞろぞろと蠢きはじめる。
彼女は祈りつづける。朝日を浴びながら。愉悦をたたえながら。
すべてを――誕生の、その瞬間に捧げるために。
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