ウェヌスの値段/亜樹
 
する肉塊であり、万物を救う聖女である。彼らは自分の好きな『私』を好きなようにキャンバスに閉じこめる。

 今日の客は若い男だった。私はいつものように服を脱ぐ。彼は特にポーズの指定はしてこなかったので、適当にベットに腰掛けた。そのまま上体をシーツに沈める。これが一番楽だ。
 がりがりと木炭が布地を引っ掻く音がする。若い男はそのうす黄色い布を睨みつけ、時折こちらを見た。
 画家の目は、薄い茶色で、鼻が随分高かった。
 年は30にはなってないだろう、と思う。がりがりと大きい音が、その証だ。必要な線も、不必要な線も、同じ強さで走らせる愚直さと快活さは、年老いたものにはない。

 彼の描いた絵は、いくらになるだろう、とぼんやり私は考えた。
 1万円の私の外側に、画家は自分のエゴを押し付けて、それを他人に売りつける。

 彼の描いた絵が、1万円より安ければいい、とぼんやり私は考えた。 
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