夫婦極道/salco
てをるのは大きな何かの倒る音、手を洗うている母の背。
きっとあれは別の晩でしたろう。風呂場で鋸挽く白い息、それとも寝ぼけ
まなこに見た怖い夢。闇と稲妻、竜虎と影のお化け、人でなしと鬼婆の夢
、血の匂い。点々と掘り返された庭の黒土、常滑の甕と父の生首。
夢でしたろう。家も紅蓮に黒い骨を曝して消えたのですから。
やっとそこへバラックを建てたのが蝉のいない八月でしたか。寒くもない
のに身を寄せ合うて過ごした気が致します。
苦労続きの母は九十一で天寿を全うしましたが、取り返しはつかぬまで
も、まづまづ仕合せな後半生ではありましたよ。
酔っ払って帰ると寝ているあたしを抱き上げちゃ、父は優しく揺すりな
がら酒臭い息を盛んに吹きかけたものでした。
俺が悪いのじゃないんだよ なあ坊主、そうだろう?
父ちゃんだけが悪いのじゃない、しがらみばかりはどうしょうもねえ
あれも夢でしたろうか。滴が頬に落ちました。
大門…吉原大門
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