薄暮/within
 
も心が動かなかったが、彼は口角を上げる努力をした。何もそんなことをする必要はないのに、彼を動かすいびつな臓物があった。すると、男の子は表情をなくし、いぶかるような目つきをしたかと思うと、興味を失った猫のように、くるりと向き直り、とぼとぼと彼が進む方向と逆の方へと歩き出した。彼はかすかに動揺したが、己のうちに希釈させ、自分の住処へと帰路を辿った。きっと訪れるであろう倦怠になすがままだった。鳥が啼くように歌いたいと思った。しかし彼の声帯は長年の澱で随分とやつれていた。自分の叫んでいる姿だけが頭に浮かんだ。私にはまだ歌いたいものがある。そう思いながら、彼はアパートの扉を開けた。
「おかえりなさい! 」
映子の笑顔が、なんの躊躇いもなく、彼の目に飛び込んできた。

戻る   Point(3)