流水/霜天
 
春は、未だ寒く。なりそこないの私たちは溶
けることも出来ずにいます。雨が降ればもう
少しですか。非常階段に押し込められた人た
ちが、境目を見失って何処にも行けずに。溶
け始めた掌を胸に当てて、御祈りでもするか
のような、そんな仕草、で混ざり合っていま
す。水溶性の私たちはビーカーの底で燻ぶり
続け、いつか、何処かの世界の、壊して出て
行くのだと。そんな、なりそこないの夢ばか
りを抱えて。水の部屋で息を漏らすのです。
春。春の眠り。流水は意識の深いところから
上に流れて、さわりさわり、と。夢の縁の薄
いところを綺麗に流してくれるのですが。私
が目覚めた頃には、非常階段から零れ落ちた
人たちが、どれ程の水量となって、いるのか
と。薄いビーカーの底で溶けだせずにいる春
のことを、みな口々に描くのです。春。寒い
四月の風景。なりそこないの私たちは混合し
て、酷く薄い湖として広がり、流水の音は反
響して、どこか幼子の声のように聞こえる。
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