放課後/済谷川蛍
 
 放課後の実験室に犬があらわれた。学校にいる人間に見つかることなく、扉の開いた暗い部屋へ入り込んだ。イスが逆向きに置かれた机の間を匂いを嗅いだりしながら散策する。やがて一台の机の下に座り込む。
 まだ所々の教室には明かりがついている。その中の一室では一人の生徒が東京の大学に行くために、孤独な教室で勉強をしている。
 教師たちの中にはこれから一仕事始める者もいる。プリントの束を置き、パソコンのソフトを起動する。十時までは帰らない。
 犬はまだ蹲っている。ときどき左の前肢を舐める。まさか校舎の中に犬がいるとは誰も思いもしないだろう。
 東京の大学を目指している生徒は時計を見、声を出して伸びをすると机の上のものを鞄に入れて電気を消して教室を出た。職員室以外のすべての教室の明かりが消えた。職員室の明かりの前を、グラウンドを走っている生徒たちの団体が横切っていく。犬は立ち上がり、実験室を出た。
 靴が地面に落ちる乾いた音が鳴る。生徒は靴に踵を入れながら、一匹の犬が他の誰にも見つからずに夜の学校を去っていくのを見た。
戻る   Point(0)