詩をたたきのめす/岡部淳太郎
って臨んでほしいということだ。だが、どうも現状ではそんな覚悟のある者は少なく、みんな妙に利口で、ただ詩を楽しんでいることに終始しているように見える。しかし、それでは一種の熱的死であり、停滞である。それでは、楽しむことは出来ても、詩の未来を切り開くことは出来ない。
こう書きながら、いま僕の念頭にあるのは、昨年参加した地元での朗読会のことだ。おそらく戦後詩や現代詩の達成を知ることのなかった人たち(その多くはお年寄りだった)が大勢参加して、孫がどうした、飼い猫がどうした、花に水をやりましたなど、日常生活の水平的な感懐ばかりが朗読された、自分にとってはまったくもってつまらないものだった。その中で僕の読
[次のページ]
戻る 編 削 Point(7)