雪盲 / ****'02/小野 一縷
淡い
藍色の
球形の
液状の
暗い
深海の
二枚貝の
目蓋は
まるで
眠りについた 幼子を
見守る
母が
御伽噺の 厚い 表紙を そっと 閉じる かのように
優しさに
包まれて
柔らかに
塞がって
常しえに
揺れてゆく
夜
きめ細やかに 白く 泡が
打ち寄せる 亜鉛色の 岸辺に
打ち捨てられた 馬車が 一台
冷たく 傾いでいた
荷台には 手の平ほどの 大きさの
硝子片が 何枚も 無造作に
積み重ね られていた
それら 煤けた欠片は
元は一つの 墓碑だった
見た
無数の夜光虫が 波間にかざす かがり火だけが
蒼灰色に 朽ちた 馬車の在りかを 墓標として 示しているのを
聞いた
打ちつける 錫色の風が 砕かれた碑銘を
再び 鋭く 高らかに 読み上げているのを
今宵 名を 奪われた者が 一人
沈んでゆく
紙一重の
夜空と水面の 狭間
瞬間に 無限に
交錯し
海へと
降り注ぐ
雪の
只中に
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