消臭考/salco
 
匂い、また煮魚や野菜炒めの匂い、おんぶされて嗅いでいた父のうなじ
の、耳掃除をされていた間の胡坐の匂いを子供時代から奪わないで欲し
い。置き去られた居室の洋服箪笥に残っていた母の匂い、生活の失せた
その部屋を侵食しつつあった埃の匂い、毎日通っては馬鹿みたいに泣き
ながら片付けていた仕事場の黴の匂い、それからクソの役にも立たない
男達の腋下の匂い、父とはまた違う胸の思慮深い匂い、柔和で野卑な唾
液の、アットホームな精液の、淫猥極まりなく忌むべきなのかもねの私
達の匂い、夏の夕暮れに嗅いだ私の自堕落を象徴する生ゴミの匂い、そ
れからかわいいかわいいうちの猫のぱぴぱぴなおしっこの匂い。
そうしたものの幾つかでも欠落するとしたら、鼻腔粘膜は無知な感覚器
官でしかなく、脳はひときわ薄っぺらい主体になる。人生は病室ではない
。また現在だけが人の眼前にあるのでもない。無用に除菌消臭するべきで
はないのだ。尤も、エレベーターや車内での放屁はもっての外だ。
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