過去は長い夢であり、/楽恵
出勤まえにアイラインを引く
鏡の向こう側で
いつも私の代わりに私を演じてくれているもう一人の私と目が合う
季節外れのプールみたいな彼女の眼球の中央に
黒い硝子の宇宙、
私の魂の出先機関、がある。
いつも過ぎ去った昔のことばかり考えているから
つい毎朝、過去を探して小宇宙をのぞきこむ
その黒いレンズはかつて
私が愛した多くのものを映してきたはずだけど
けれど、どれだけのぞき込んでも
今では何一つ、もう二度とは、再現してはくれない
愛したもののほとんどは
この世のどこにも
何の姿かたちも残っていない。
過去は長い夢であり、
愛したものの多くが夢であったこと。
アイラインを引くたびに
最近はよく思い知らされるのだ。
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