標/Rin.
 


私しか「アトリエ」と呼ばない場所で
あのひとは輪郭のまま西を向いている
むせ返るような夕陽の匂いのなか
パレットで乾いた水彩は、それきり


藍が好きだったと思う
雨が好きだったと思う
それから、二月の
しがみつくような冬が好きだったように思う
会いたいと口にするのは、きっと
ゆるゆると水彩をほどくくらいたやすいから
カーテンを閉めて、ずっと
影をなくしたサンスペリアの真似をしていた


窓の下で煙草を点ける音がする
あのひとのこぼしていった言葉を
標に燃やしていくように
火を映さない薄暮に 今日も
家路を急ぐ足音が響いている









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