聖画の顔 /服部 剛
押し寄せる人波の列の後ろで彼は、ぽつ
んと独り、展示硝子(ガラス)の前を移動する人々
の隙間に時折ちらっと見える、聖画の顔
が遠くから、自分に何かを囁く声に、耳
を澄ましていた。驚くべきものの現れを
期待して、首を伸ばす人々の賑わう夢か
ら覚める瞬間、硝子の前の人々は消え、
頬のこけた聖画の顔は彼に、口を開く。
(どんなに深い夜の淵でも、私はあなた
と共にいる・・・)
美術館の外に出て、煙草を吹かす彼の鼓
膜にいつまでも木霊(こだま)する、あの不思議な
声。遥かに遠い昔から彼の名前を呼んで
いる、懐かしい声。吐き出す煙の昇って
消える曇り空を仰ぐ彼は、自らの内にい
る、きりすとの顔を思った。
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