脱皮/榊 慧
 
れを使い美術の先生は生徒が鉛筆でひいた線にそって木片を切り落としていた。彼の声は彼の意識しないところで響き、彼は注目を浴びた。彼は今の彼だけを見ると多弁な生徒に見えた。

「俺糸ノコは持ってるんですけど、電動はないんですよ」

彼の動きに合わせて、声が通る。
多少彼は注目を浴びていることを照れているように見え、しかし、彼の眼鏡は彼の目を依然として理知的に見せていた。彼は目立たない、といえば目立たない生徒かもしれないが、それは目立つ生徒というものがある程度皆の中にイメージがあるからかもしれない。彼は「目立たない」というには違和感を感じる生徒らしかった。女子が「まつげが長かった」とはしゃぎ、あいさつをするくらいには。(不信感から意識をひくという意味での方が圧倒的に多く、それが前提としてのことであるが。)

「これっていくらするんですか」
彼は、俺だった。美化された俺だった。その日俺、いや彼は一人の異性との交際を断った。
煩わしさの無くし方を探し、晩飯の献立を考えていた。






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