都電荒川線/服部 剛
 

僕は、腰を下ろした 

昔、車掌さんだったという 
案内役のおじさんが乗って来て 
「この車両はね、
 東京オリンピックの頃から走ってたんだよ 
 その後車が増えてから、路面電車の姿は減って 
 この沿線だけが今も残ってるんだ。 
 昔はなぁ、乗ってくる学生に
 (今日はテストか、がんばれよ!)とか 
 いろいろ話したもんだった・・・      」 

明るくもしみじみとした声を残して 
おじさんは、レトロな車両から出ていった 

静まり返った無人の車内には 
僕が生まれるより前の 
さまざまな人の物語の賑わいが
何処からか聞こえるようで 

あの日のろりと路面を走った面影に
吊り革の丸い輪っかが、揺れていた 

木目の床を眺めながら 
ココアの中味を飲み終えた僕の胸に 
不思議な幸福感が、ひろがった。 







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