口髭で人はノロけられるのか/robart
カーキ色のチノパン。少しばかり後退してはいるものの、先端まで黒い髪。そういったひとつひとつが綜合して、見る人に上品で清潔な印象を与えている。彼女は僕のあごに残っている2ミリほどの固い無精ヒゲをざらざらと撫でながら、嬉しそうに笑う。
「口髭、生やしてよ。」
口髭万歳、と彼女は僕の手を握り振り回す。僕の眼をじっと見る。
「却下。夏に口髭なんか生やすなんて、正気の沙汰じゃない。」僕は彼女の手を払いのける。
そうでなくても彼女といると暑苦しいのだ。
季節は夏だった。連日気温は30度を超えている。天気予報は見る気にもならない。この時期はゲリラ的に夕立に襲われるものだし、最高気温を聞いたところで
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