冬の博物館の前で(Another Side)/robart
リカ人ではないけれど。ちなみに、日本ではずっと昔、犬の鳴き声はびょうびょうだった。」
「びょうびょう。」と彼女は吠えてから首を傾げた。納得がいかないようだ。
「すごく妙なたとえ話で説明したから、もしかしたら間違っているかもしれないけど、簡単に言うとそういうことなんだ。主体より言説が先にある。我々が生まれる前から言説は先にあるし、社会は先に存在している。だから我々は生まれた瞬間からその社会に従属して生きていかざるを得ない。君のさっきの言葉遊びはとても面白かったけど、アルチュセールもちょっとした言葉遊びをしている。主体を英語で言うとsubjectになるんだけど、subjectには、従属という意味もあるんだ。主体はそもそも従属している。」
「主体はそもそも従属している。」彼女は哲学的に繰り返した。犬が吠えるのが聞こえた。ウインドブレーカーを着込み、ジャージを着た初老の女性が、大型の犬を散歩させているのが見えた。
「ねえ、今の犬の声、びょうびょうって聞こえなかった?」彼女は嬉しそうに私の方を振り返った。
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