手を離せば/銀猫
るのかも知れない
わたしは時折
身体がぽかりと宙に浮いてしまう夢を見る
ごく見慣れた部屋の中で
自分ばかりが異質だと自覚しながら
手当たり次第に家具の取っ手や柱に摑まってみるのだが
それより浮力のほうが大きく
ガスの少ない風船のように
ぽわんと尻から浮かんでしまうのだ
足先はいつか頭の高さと逆転し
ほとんど逆立ちのように浮かんだまま
無力に手のひらは掴んだ取っ手にすがっている
手を離して空を掻き分けてみれば
すい、と滑空できるのかも知れない
だが
いつも決まってそれはせず
異質である自分を気づかれまいと
必死でもがいているのだ
憧れである空を飛ぶことより
日常からはみ出さぬことを望んでいるらしい
それは目覚めると不思議でもあり
手を離したときに何処まで上昇するのか
それを何故試さないのか悔いてみたりもする
普通であることの難しさ
約束を裏切らずに生きること
理屈にならない言葉が喉の奥でつっかえ
ただひとりの反逆者は生まれない
爪先が更に上へと引っ張られ
浮き上がろうとしている
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