離人抄/近衛天涯
くままにしていれば
哀しくも苦しくもなかったのかもしれない。
その代わり私は私の時間を失う。
それはとても恐ろしく感じるのだ。
思いつくままにインクの染みを増やすことで
私は安堵する。
追い立てられているわけでもないのに
知らず、手に力が入る。
わずか十数行の
つまらない言葉を並べるだけで
手首が痛む。
もう何年そうしてきたか
闇雲にペンを走らせ
インクと紙を消費し
何を得るというのだろう。
『現実感』というやつは
矛盾に満ちて捉えどころがなく
誰かが正解を持って
待っていてくれている訳でもない。
『そう』だと解っているのに
『そう』だという実感がない
簡潔に説明しようとしても
誰がこの感覚を理解できるのか。
多分、当事者でしか共有できないのだろう。
けれどもっと理解してほしいという思いは
人一倍強く
それゆえ哀しみも増すのだ。
インクの染みが広がる。
新たな嵐の予感がする。
戻る 編 削 Point(2)