「波の声をきいて」(6)/月乃助
店の客達が、みなSayoのことをやはり不思議なものを見る者の目で追っていた。それでも、誰も声を掛けないのは、その姿があまりに鮮烈だったのか、それとも、Sayoに誰にも声をかけさない凄みがあったからかもしれない。アザラシを背負った半裸の、アジア人の容貌をした女。
ウォーフに渡された板をふらふらしながらもSayoは上りきり、駐車場を抜けると通りに出た。
アザラシはただ死んだように重い肉のかたまりになっている。ただ、動かずにいるのに、Sayoの背にはちゃんとアザラシの魚臭い息使いがあり、まだ、ちゃんと生きているのが分かる。
アザラシのひげが時折背の肌を刺した。
Sayoはそのアザラシを背負いながら、今自分がどこに向かっているのか分からず、道の先を見つめていた。
街路樹のわずかに黄葉し始めた楓が、夕日に赤く染まっていた。
Sayoの長い影が人気のなくなった町の無機質なアスファルトに張り付き、足元でそれが揺れているように思えた。
Sayoは海の声を聞きたくなった。
(つづく)
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