染色/霜天
すっかりと丸くなった母の背中を押し込んで
いく、とバネのように弾んで台所へと消えて
しまった。庭の隅で父は、苗木のままの紫陽
花を随分と長い時間見つめている。時計の針
はここ数日で速くなった、寂しさの単位を少
しずつ切り替えながら、前、に進もうとして
いる。染められるだけだった私たちの庭は、
いつからか草原の一部のようになり、塗り分
ける絵筆の先端の痛みばかりを気にしていて
は、もう追いつけない、私の位置だ。草原に
丸くなった猫の背中を探して、私たちは遠い
ところまで来てしまった。いなくなる人たち
を数えるのはやめて、繋がれる人たちにリボ
ンをつけ始めたのはいつ頃だろうか。遠くで
私を呼ぶ声がする、御飯がどうのと言ってい
る。夕暮れる町を抜けて、あの庭を掻き分け
ると、昨日染めたばかりの布が、千切れて飛
んでいくのが見えた。誰を縛ろうとしていた
のか、固まった左手を見ても、思い浮かばな
い。寂しさの単位が、切り替わる音がした。
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