修羅を読む(9)/Giton
漢語文に「レ」を付ける読み方は、しちめんどくさくて、なじまないです。古典漢語は、現代の中国語と同じように普通に読み流したほうが、ずっとよく意味が分かりますよ!(笑)
ちなみに、中国でも韓国でも、現代語文のなかに古語の語法を混ぜるのは、ごく普通のことでして、魯迅しかり、…日本で、やれ文語だ口語だと言って目くじらを立てるのは、私にはまったく理解できない現象です。
3 いま、「修羅を読む(8)」までに出したのは、『春と修羅』第1集を読みながら、気になったところを自分なりに定型にまとめてみたもので、
(a)原テキストにない語彙は、できるだけ使わない。
(b)できるだけ私情を排除して、原作の心象の把握再現を目指す。
(c)独自解釈も大胆に持ち込む。
という方針を立てて取り組んでみました。
ただし、(4)だけは別で、詩「春と修羅」の登場人物から見た賢さん、町の人が見た賢さん、私の賢さんへの呼びかけ、などをえがいています。
戻る 編 削 Point(1)