黒い手袋 /服部 剛
最近、黒い手袋が
落ちているのをよく見かける
ある時は職場の廊下
ある時は駅の構内
人間達の無数の足が
通り過ぎてゆく隙間に
木乃伊(みいら)の面影で
誰にも届かない
沈黙の掌(てのひら)を
天に向かって開いている
( 黒い掌の中心に
( 渇いた白い口をあけ
( 助けを求めて、呼んでいる
「 命ノ水ヲ、下サイ・・・ 」
それは
今夜も街を移動する
星の数ほどいる人の
携帯電話が放つ
電波の糸の隙間を縫うように
何処からか聴こえて来る
孤独者の声
それは
夜の車窓の
景色に隠れた
灯の消えた家の窓から
誰かの名前を呼ぶ人の
暗闇に差し伸べられる
青白い掌
吊革にぶら下がる
私に向かって
遠くから開かれている
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