非在のかたち/岡部淳太郎
気にすることなく、僕たちは変らずに呼びかけ、呼びつづける。
こんにちは。
こんにちは。
僕たちの声はひとつの非在のかたちとして、僕たちのそれぞれの窓際に、枕元に、下水道の汚れの中に、地中で眠る死者の聴覚を失った耳元に、在る。僕たちが自らのかたちのない姿を元にしてつくり上げた声。ひとつの非在のかたち。それを人は詩と呼ぶ。やがて、時が訪れる。僕たちの声はひとつの詩として、見知らぬあなたの元に届く。僕たちは昔からずっと当てもなく呼びかけていたが、それは実は見知らぬあなたへの呼びかけでもあったのかもしれない。あなたは詩のかたちとなった僕たちの声を拾い上げる。あるいは捨てる。または、気づかずに通り過ぎる。僕たちのかたちのないかたち、非在の存在は、世界中に散らばっている。僕たちは今日も呼びかけながら、もうひとつの声を聴く。僕たちと同じようにかたちを失った非在の声を聴く。またひとつ、世界のどこかで詩が生まれている。
(二〇〇九年二月)
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