雁/杉菜 晃
 


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 紅葉した山の宿舎を出ると 頭上を雁が渡った。その哀しげな声は、澄みきった大気にしみ透り、何人をも、氷水を口にしたときの気分にさせる。 
 私はボストンバッグを足元に置き、雁の一群に目を留める。宿舎から、女子学生が七、八人広場に飛出して来る。 
 雁の列は美しくカギ型を変形しつつ、宿舎の屋根の向うへ隠れるところだ。 
 後れて駆付けた一人の女子学生が、私と見物者との間に割込んで、空を仰ぐ。
 折しも、引っ掛けてきたカーデガンが落ちそうになったものか、いきなり彼女の肘が、私の鳩尾を抉った。
 私は思いがけない肘鉄を見舞われて、そこに蹲るばかりに苦悶する。
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