腐臭のする物/音阿弥花三郎
ある土地
最も重要な事件の起きた土地であり
最も重要な時間が流れた
ある土地の名
ある時代
名の付いた時代
不幸と幸福が仲良く住み着いた
誰もが知る時代
貧血の草茫々と黒い家並みが見えるという
石畳を伝い流れる汚水の臭いを覚えているという
男たちは右往左往し
女が近寄っては去る
巨大な魚の屍骸が打ち上げられ
あまりの大きさに成す術がなく
腐臭は三代に渡って流れ続けた
と他人はいう
私にとって腐臭のする物
それはある土地であり時代だ
他人が記憶する名だ
私にはあらゆる記憶がない
事実などというものは
私の後を付いて来ない
私は地図を描くだろう
未だ観ず未だ踏まぬ土地の
私は歴史を書くだろう
私自身すら知らぬ歴史を
書いた瞬間に知る歴史を
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