君の背中に追いつかない/秋桜優紀
 
いときであったとしても。唇を強く噛み締めれば――ほら、何とかなる。
 歯並びのあまりよくない歯の隙間に挟まった林檎が気になる。こうなると、舌で触っているだけではどうしてもとれない。まるで、私の片隅にある何か良くわからないしこりのように。本当に、もどかしくて仕方ない。
「行ってらっしゃい」
 背中越しの母の声。
「あ、うん。行ってくるね」
 嗚咽に揺れそうな言葉を必死の努力でもって保って、病室の外へと続く扉を開ける。
 傷は全て私が引き受けてあげる。どうせ、もうすぐ死ぬ身なのだから。
 出口をくぐる瞬間、浮かべようとした苦笑の表情を妨げたのは、思いがけなく漏れた小さな苦痛の呻きと、こら
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