「オルゴール」 (リレー小説・三題噺)/佐藤犀星
かもしれなかった。書斎もオルゴールも、そのうちに秘めた想いも、この邸のすべてが蓋を閉じたはずの思い出を、あの日の出会いをどうしようもなく形にするのだから。これは私たちが同じ時を過ごしたという証。おじい様から託された、ウォールナットのやわらかな音色。あの、気高くも物悲しいたったひとつだけの旋律を、指に馴染んだなめらかな木目の肌触りを、古いものだけの匂いを、そのすべてが目を閉じればまざまざと思い出せる。
そう、あれは、初めてこの邸を訪れた日のこと。柱時計の音にも壁を埋めつくした書棚の蔵書にも驚いて、なかなか書斎に入れずにいた、やせっぽちの小さな子供の頃。
そんな臆病な私におじい様が遠慮がちに微笑
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