朗読/湖月
 
 こんなに辛いのに、悲しいのに何度も思い出すのは、大切だと思ったあの人がその記憶のなかにしか居ないからだ。また出会ったら同じことを繰り返すと思う。何度も好きになって嫌いになって離れていく。それでも私の中の一番深い場所に居座り続ける彼女はまるで神様のように私を見張っている。彼女の表情が私の言葉で歪むならそれは世界の揺らぎを示しているのだ。こんなにも窮屈で不安で、それでも愛しくて恍惚とした世界をわたしは他にしらない。
 

 小さく耳を掠める滴のような声で私は目を覚ます。机にうつ伏せたまま、目を閉じて耳を澄ませた。教室の後ろ、廊下側の隅から聞こえるその声はゆっくりと文字を辿る。

こひしさは同じこころにあらずとも今宵の月をきみ見ざらめや

 朗読を終えた後の彼女は心ここにあらずというかんじで、行儀良く椅子に腰掛けたまま微かに唇を動かし、無言のまま何度も同じ歌を繰り返していた。それはきっと私にしか解からない。きっと彼女はまた見つけてしまったのだ。
 私たちは選び、与えては壊す。優しい声で手を握り蹴散らす。そして心から崇め心から愛をしみこう呼ぶのだ。「私の神様」


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